「経営人事改革の視点」 2018年8月号 適応集団をつくり上げていく経営

企業は適応集団

今回は、人間の進化と企業活動の関連について考えてみたいと思います。

生物は、自然淘汰・性淘汰を通して環境変化、環境圧力に適応し、進化を遂げてきました。進化が形にあらわれるには1万年単位の時間を要します。肉体面・心理面において進化を遂げた現在の人間の基本的形質は、数十万年〜数万年前の狩猟採集時代の環境に最適化したものであるといわれています。つまり、生物としての人間は、工業社会どころか農耕社会や牧畜社会でもなく、狩猟採集時代の環境に最適化しているのです。

狩猟採集時代の人間は、数家族〜数十家族が集団を形成し、外敵と戦いながら、狩りをし、食べられる植物を集め、子孫を残してきました。この時代の環境において、人間は一人あるいは一家族だけで生きていくことは困難だったので、生存可能性を高めるために「適応集団」を形成したのです。

この時代に形成された、外敵と戦い、獲物を得るためにリーダーを選んで集団で協力し、狩をしていく能力は、遺伝子に刻み込まれ現代人にも引き継がれています。

当時の適応集団と現代の企業は、集団で外敵と戦い、獲物を得るという成り立ちの点で類似性があります。そのため、人間は現代的なマネジメント理論に依らなくても、リーダーを選び、外敵と戦い、獲物を得るために集団で協力する生得的な能力つまり本能を有しているので、企業活動を行うことができるのです。あるいは、こうして受け継がれてきた能力を下敷きとして、会社組織は人間社会における汎用的な器(うつわ)になっているとも考えられます。

企業は、究極のところ適応集団であり、生き残っていくのか、淘汰される側にまわるのかのどちらかが最終結論となります。その根底に闘争心や生き残っていくことについての強い意志を持たない集団は、環境に「適応」していくことはできません。漫然と事業を行っている状態だと、穏やかな市場環境では問題ないでしょうが、ひとたび激しい変化や競争に見舞われたときに、淘汰される側にまわる恐れがあります。

働く人が生き生きとするために

適応集団としての企業で働く人々の状況は、どのようになっているでしょうか?

集団の中で生き生きと活動するための生得的能力が、現代社会のストレスフルな環境や硬直的な企業風土によって十分発揮されずに埋もれてしまっている可能性が危惧されます。

企業が、表面的な教育は熱心に行うものの、個人の深い動機づけの部分で、人間が持つ原初的な能力や生命力を、むしろ阻害しているケースも少なくないと感じることがあります。

例えば、企業を貫く原理原則やルールがあいまいなため、自発的な行動に対して臆病になってしまい経営者や上司の顔色ばかりをみてしまうケース、マイクロマネジメントによって細部に至るまで行動を縛られているケース、頑張って成果を出してもそれに対するフィードバックがないので、活動に対するエネルギーロスをばかばかしいと考えてしまうケース、などが考えられます。

また、経営者や管理者が、パワハラとされることを恐れて、あるいは煙たがられることを避けようとして、社員に真摯に向き合わず当たり障りのない対応をとってしまうケース、社員の働く動機の深い部分には入っていかず真のコミュニケーションが取れていないケース、などもあります。

進化の結果人間に備わった能力は、決して小さなものではありません。達成すべき目的が明確な適応集団が形成され、構成メンバーの能力発揮が阻害されなければ、自発的で躍動的な振る舞いやリーダーシップ、組織内部における率直な協力行動などが実現する可能性が大きいのです。

経営者はリーダーとしての原点に返り、組織のシンプルな原理原則・ルールを明確にすること、社員を尊重しつつ率直に向き合って思うところを本音で話すこと、社員同士のコミュニケーションが取れる環境を整備することなどが重要な任務となります。そうすることで、人間が生得的に持つ能力が開花しやすくなり、組織としても自ずと活力が増していくものと考えられます。

以上