「経営人事改革の視点」 豊橋市ユニチカ跡地問題を考える(寄稿)

ユニチカ跡地問題とは何か

豊橋市南部の高師緑地公園に隣接する27万㎡(8万坪強)におよぶ広大な土地で、「ミラまち」と呼ばれるエリア開発が行われている。事業主体は積水ハウスで、約400区画の住宅地に加え、商業施設、業務機能などで構成されている。

この土地は、豊橋に長く立地した繊維メーカーのユニチカが所有していたものだ。ユニチカは豊橋事業所を2015年に閉鎖・撤退し、同年不要となった土地を丸ごと積水ハウスに63億円で売却したのであるが、その土地は豊橋市が戦後まもなく企業誘致のために現ユニチカに無償提供したものである。

当時はどの自治体も、雇用創出と税収を求めて企業誘致に躍起になっていた。その際豊橋市と現ユニチカの間で結ばれた契約では、広大な土地を無償提供することに加えて一定期間の税の減免などを定める一方で、「将来、敷地の内で使用する計画を放棄した部分はこれを豊橋市に返還する」といった内容(以下「返還規定」)が定められていた。「土地はただで差し上げるけれど、使用することがなくなったら返してもらいますよ」という常識的な内容である。なお、ユニチカへの土地無償譲渡の契約に返還規定があることは、周知の事実だった。

ところが豊橋市はユニチカが事業所を閉鎖し全面撤退するにあたり、契約書の文言にもかかわらず土地の返還を求めなかった。営利企業であるユニチカが、返還を求められなかった土地を売るのは当然のことで、63億円の売却代金を手にしたのである。

この豊橋市の対応を住民グループが問題にし、20168月に豊橋市長に対してユニチカに土地売却代金63億円を請求することを求める住民訴訟を起こしたのである。土地の返還を求めるのが本来であるが、既に売買により第三者に所有権の登記が移転してしまっていたため、この売買が豊橋市とユニチカとの返還規定違反であることを理由とした売却代金と同額の損害賠償請求という方法になった。

以上がユニチカ跡地問題の構図である。なお本稿記述にあたっては、裁判所のウェブサイトで公開されている一審、二審の判決文を拠り所とした。

 

全額請求を命じた一審判決

住民グループが原告となった第一審(名古屋地裁)では、被告である豊橋市長に加え、ユニチカが被告補助参加人となった。

この裁判の核心部分は、ユニチカは土地の返還義務があったかどうかであり、その判断は土地無償提供に係る契約書にある「将来、敷地の内で使用する計画を放棄した部分はこれを豊橋市に返還する」という返還規定の解釈に尽きる。

原告の主張はシンプルで、「使用する計画を放棄した部分はこれを豊橋市に返還する義務があり、ユニチカは全部使用を放棄したので全部返還義務があった」というものである。

それに対して、豊橋市の主張は違っていた。返還を規定した文章にある「部分」という表現をとらえ、「一部に係る使用計画の放棄のみについて定めたことは明らか」であり「本件各土地の全部から撤退することなど,想定しようもなかった」として、全面撤退の場合は返還規定の適用はないと主張した。これが第一審で豊橋市が掲げた根幹のロジックである。

第一審裁判所の判断は豊橋市のロジックを完全に否定するもので、「法令上、部分とは対象の全部をも含む趣旨で使われることもある。一部の土地を放棄する場合は返還義務があり、全部の場合はないというのは不合理だ」として、ユニチカが跡地を返還せずに売却したことは不法行為にあたると認定した。そして、不法行為によって損害を受けた豊橋市長に、ユニチカに対して土地売却代金63億円と法定利息による遅延損害金を請求するよう命じたのである。

判決は20182月で、原告住民側の主張を全面的に認めたものだった。同月豊橋市長およびユニチカはこれを不服として控訴した。

 

請求額を減額した二審判決

控訴審(名古屋高裁)の判決文によれば、市側は主張を補充し、返還規定に関わる土地の具体的な場所を指し示した。市は8万坪余りの土地を提供したが、ユニチカは当初6万坪程度の利用を考え工場を建設したため、使用計画が定まっていなかった2万坪余りの土地返還について規定したのが論議の対象となっている条文であると主張したのである。その後第2工場を建設したことにより、未利用の土地はなくなったため、返還すべき土地はないと主張した。

高裁の判断は、第一審とは違ってわかりにくいものであった。

豊橋市の主張については、「使用する計画を放棄した部分」に関する返還規定そのものは「本件各土地全体を対象としていたもの」であるとして明確に否定した。一方で、操業を廃止した部分すべてを返還対象とすると、ユニチカに極めて大きな影響を与えることになるので、その解釈は取りえないと判断したのである。

高裁の結論としては、全体約8万坪余りのうち緑地やリクレーション施設などを含むいくつかのゾーンは事業として使用されていないものであり、「使用する計画を放棄した部分」に該当するとして豊橋市への返還義務を認めた。そして、この部分の面積の割合から、土地売却代金63億円のうち約21億円と法定利息による遅延損害金をユニチカに請求するよう豊橋市長に命じたのである。

20197月のこの判決を不服として、同月住民側、豊橋市長、ユニチカがともに上告した。同時に、ユニチカは今後判決が確定する場合に備えて、遅延損害金等を含め25億円の特別損失を計上し業績予想を修正したのである。

 

大義なき争い

判決文によれば、ユニチカは201410月豊橋市対し、20153月末をもって豊橋事業所を閉鎖し土地を売却したいこと、今後の売却及び開発について市に相談したいことを報告し、同月豊橋市長に土地の売却方針を説明した。

ユニチカへの土地無償譲渡契約が返還条項付きであったのは周知の事実なので、なぜ市長が土地の返還を求めなかったかは謎である。何か勘違いがあったのかもしれない。そこで返還を求めるか、あるいは市議会とともに何らかの落としどころを探るなどをしなかったことから歯車が狂った。

市議会は市民の代表として、その議決により市が持つ債権を放棄したり減額(一部放棄)したりする権能を持つ(地方自治法)。それは時期を限定されず、仮に係争中の事案でも原則として可能なのである。ユニチカには地域社会への貢献もあったはずだから、全面返還ではなく土地の一部返還や金銭的な貢献策などで政治決着する方法もあったのではないだろうか。

市長の不作為に対して、住民グループは容赦をせず訴訟に踏み切った。被告となった市長は、「ユニチカに土地返還義務はなかった」とユニチカ寄りのポジションを取るしか方法はなかった。その一審判決で市長は全面敗訴した。そして、控訴したことから明らかにフェーズが変わる。一審は受け身の裁判である。ところが二審は市長自ら求めたものだ。

筆者自身は豊川市在住で豊橋市民ではないが、自身の会社は豊橋市に本社を置き法人市民税を納付している。納税者の立場から現在の争いを見ると、とても納得のいく構図ではない。

訴訟費用の原資は市民が納めた税金である。その税金を使い上告までして市長が実現しようとしているのは、ユニチカに土地返還義務はないという結論である。既に土地は第三者に渡っているので、実際には土地売却代金を請求せずに済ませるということだ。もし最高裁で主張が認められれば、市の財産は増えない、そのかわりメンツは保てるということになる。

今回の一連の裁判は、このまま行けば市長が市の財産を減らす結論を求めて争った事件として豊橋市政の歴史に刻まれる。今からでも遅くない。最終結論を成り行きまかせにするのではなく、議会とも相談し、ユニチカとも再度協議するなどして市長自らの判断によりこの不幸な構図からの脱却が図られることを切に願うものである。「君子豹変」を咎める者はいないはずである。

株式会社ビジネスリンク 代表取締役 西川幸孝

 注)本稿は、2020610日付「東愛知新聞~発言~」に掲載されたコラムの元原稿です。漢字表記等実際の掲載内容と一部異なる部分があります。