「経営人事改革の視点」 2017年10月号 将来ビジョンと社員のモチベーション

ビジョンや経営理念は必要か?

企業にとって、将来ビジョンはとても重要なものです。ビジョンのある・なしは、企業の将来に非常に大きな影響をもたらします。経営理念も同様です。

しかし、世間一般的に、将来ビジョンやそこに至るストーリーは、あまり重視されていないことが多いように思えます。ビジョンや経営理念などは中小企業には必要ないと断言する著名な経営者もいるほどです。

こうした風潮の背景には、形式だけの将来ビジョンや経営理念が多いという事情があると思われます。

「お客様第一主義」

「◯年後に売上◯億円を達成する」

例えば、これだけであったとすると、お飾りの言葉と評価されてもしかたありません。それを実現する具体的なストーリーがない、つまり本気ではないということになるからです。こうした実態をとらえて、ビジョンや経営理念は必要ないという極論が生まれるのだと思います。

しかし、ビジョンや経営理念がないと、企業活動はその時々に起こるさまざまな事象に対して反応していくだけのものになってしまいます。将来のあるべき姿に向かって、経営資源のベクトルを一つの束にして進んでいかなければ、企業活動は力強いものになりません。

もう一つの重要なポイントとして、内容のあるビジョンや理念が社員のモチベーションに大きく影響するということがあげられます。

ビジョンと社員のモチベーション

経営学者であるP.ドラッカーがしばしば引用したエピソードに、三人の石切り工の話があります。

彼らは何をしているのかを聞かれたときに、第一の男は、「これで暮らしを立てているのさ」と答えた。第二の男は、槌で打つ手を休めず、「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしているのさ」と答え、第三の男は、その目を輝かせて「大寺院をつくっているのさ」と答えた。というものです。

石切り作業という労働が、単に辛い作業なのか、技術の素晴らしさを発揮する行為なのか、あるいは大寺院を作るというビジョンを実現するための役割遂行なのかということです。

間違いなく大寺院というビジョンを実現するための行為ととらえた方が、同じ作業でもそれを遂行するモチベーションは大きく違ってくると考えられます。このように、価値あるビジョンが共有されると、遂行する作業の価値も高まるのです。

それに加えて、長期雇用が前提の場合、価値あるビジョンが明確に示されることで、社員が自己実現に向けて自分の人生・キャリアパスとそのビジョンを重ねて考えることができるようになるという効果があります。自己実現のモチベーションは、マズローの「欲求5段階説」でも最上位に置かれているもので、そこにうまく合致した場合、非常に強いモチベーションが生まれます。

また、ビジョンは採用においても大きな力を発揮します。自由主義社会が保証するもののうち、職業選択の自由はきわめて本質的なものですが、目指すビジョンに共感して会社を選択するというのは、最も望ましい姿です。会社にとっても、目指す方向性、志向性に合った人材が集まり、定着するという非常に大きなメリットが生じます。労働人口の減少がどんどん進み、人材不足が顕著になっていくなかで、モチベーションの高い人材を多く集めることができるというのは、企業間競争に打ち勝つ最大要因になりつつあります。

将来ビジョンを描き、それを実現するためのストーリー・戦略を明確にすること、それは経営者の重要な役割であり、社会や社員に対する責任でもあります。そして、それをわかりやすく発信していくこと、こうしたことに企業は全力で取り組むべきであると考えます。

以上