「経営人事改革の視点」 2015年3月号 会社と社員の関係性 "エンゲージメント"

「上から目線」という言葉

「上から目線」という言葉をよく聞きます。世代を問わず、「上から目線」は嫌悪されるようですが、特に若い世代でその傾向は顕著のように思われます。なぜ、現代人は「上から目線」をそんなに嫌うのでしょうか?

戦後の民主主義教育は、そのことと無縁ではないと思います。戦後に生まれて、人間は皆平等であるという憲法そして教育により育った世代が親となり、その親に育てられた人間が社会に強い影響を及ぼす状態になったことが大きいと思われます。

かつては、親や教師などを「上の存在」として、つまり権威あるものとして容認する意識がありましたが、戦後そうした考え方は否定されました。存在としての平等や機会の平等は求められて当然ですが、教育の現場などでは、結果平等を求めるあまり、「手つなぎゴール」や「学芸会で皆が主人公を務める」など、首をかしげたくなるような現象も生まれました。

さずがに企業においては、役割や熟練度合いにより上下の関係があることは自明であり、それ自体が否定されることはありませんが、その機能の範囲を超えて上下の関係性を求めた場合、当然のように反発が生じることになります。

働くことの動機づけ

働くためには、何らかの動機づけが必要になります。働く動機づけは、企業と社員(個人)の関係のあり方にも関連します。企業と社員の関係性を象徴するいくつかの概念があります。

かつては、ロイヤリティつまり忠誠心という概念が普通に使われました。忠誠心というのは、主従関係を前提としたものです。さすがに、会社(経営者)と社員を主従関係と捉えるのは見当違いと言えますが、今でもこうした姿勢を社員に求める経営者も少なくありません。そうした会社においては、社員がそれに従っているように見えても、「面従腹背」の状態であることは明らかです。

1999年日産自動車のCEOに就任したカルロス・ゴーン氏が頻繁に使用したことにより、一気に広がったのがコミットメントという概念です。コミットメントとは、簡単に言えば約束のことであり、売上高やコスト削減などの成果目標を誓約する場合などに使われます。これは、会社と社員の「契約関係」を基盤においた欧米的な概念であり、高い役割とそれにふさわしい処遇を持つ社員に対しては合理的なものですが、新入社員を含めてあらゆる社員にコミットメントを求めるというのは、やや無理があるように思われます。

エンゲージメントという概念

会社と社員の関係性を象徴する概念として最近注目されているのが「エンゲージメント」というものです。エンゲージメントの代表的な意味は、「婚約」です。婚姻関係は、当然のことながら「選び、選ばれる」双方向の関係であり、対等の立場を前提とするものです。会社と社員の関係性もそうであるべきで、主従関係やドライな契約関係ではなく、イコールパートナーとしての深い相互関係性が必要であるとする考え方から、エンゲージメントという概念が協調されるようになりました。

エンゲージメントを「絆(きずな)」と説明する専門家もいます。あるいは、「ワーク・エンゲージメント」という概念にまで広げて、それを「仕事に誇り・やりがいを持ち、仕事にエネルギーを注ぎ、仕事から活力を得ていきいきしている状態」と定義する学者もいます。

今の社会で、「俺についてこい」「黙って従え」などという「上から目線」の労務管理がうまくいくとは考えられません。そうではなく、会社が社員とエンゲージメント/絆を結びたいのであれば、会社がどのような考え方で経営を行うのか、何を実現したいのか、その中であなたの役割・責任は何で、それに対してどのような処遇や教育を行うのかを丁寧に説明し、理解を求めなければなりません。そうした観点から、社員にとって分かりやすい経営ビジョンの策定や、人事制度/賃金制度/教育制度などの整備も求められているのです。

以上