「経営人事改革の視点」 トータルな人間として社員に向き合う

◆存在と行動を分けて考える

人事労務マネジメントの直接の目的は、社員の行動を適正化することにあります。企業活動とは、経営者や社員の行動の総合計であり、戦略の実行は社員の行動(職務行動)を通して行われるからです。

戦略や方針に合致していない職務行動は、企業が実現を目指す顧客価値を生まなかったり、逆にマイナスの影響を与えたりします。それだけでなく、他の社員への負の影響も少なくありません。不適切な職務行動は、指導したり修正を掛けたりしなければなりません。

ところが昨今、ハラスメント防止がクローズアップされており、少しでも強い指導を行うと、それだけでハラスメントと受け止められる傾向にあります。しかしそもそも、パワハラやセクハラなどのハラスメントとは、存在否定、人格否定に及ぶ行為を指します。業務指導や職務行動の修正は必要であるし、それらが企業活動の中心課題である以上、遠慮して行わないことは自殺行為です。

重要なポイントは、社員に向き合う際に、その人格や存在そのものと行動を分けて考えるべきということです。人格や存在そのものに対しては、否定や圧迫を行わず、それどころかポジティブに働きかけ、積極的にケアしていくべきです。それを行いつつ、行動に対しては遠慮せずに介入していくというのが基本形となります。そのような方針に関する組織としての共通認識を持つことが望ましいと考えられます。

◆トータルな人間として向き合う

個々の社員への働きかけにあたって、地位や役職でもって社員と向き合わないということも重要なポイントです。基本姿勢は「人間対人間」です。トータルな人間として個々の社員に向き合うということです。

地位や役職で向き合えば、作用反作用の法則で、相手も地位や役職でしか相手を見ません。そこからは、共感や信頼は生まれず、ただ要件を伝え合うだけの関係で終わってしまいます。極論すれば、そのような上司よりも、課題の設定、業務指示、結果の評価などをAIによって的確に行うロボット上司の方が機能するかもしれません。

地位や役職での関係性と、人間対人間の関係性の最大の違いは、期待値に対する受け止め方です。

地位や役職だけの関係性の場合、期待値つまりどの程度の成果をあげてほしい、どのような働きをしてほしいという内容は単なる義務=ノルマと受け止められます。それを示されることは苦痛ですらあります。

それに対して、人間関係が成立している場合は、期待値は受け手にとってポジティブなオファーになりえます。「自分が期待されている=認められている」という受け止めになるのです。そして、自分を認めてくれたのだから、何とか達成してお返ししたいという返報性の原則が働き、報酬があろうとなかろうとモチベーションが高まるのです。なお、成果に対して金銭などの報酬が設定されると、場合によってモチベーションは下がってしまうという研究結果もあります。こうした作用はアンダーマイニング効果と呼ばれています。

もちろん、とても達成できそうもない水準を示されたら達成意欲は湧いてきませんが、人間の受け入れ容量は思いのほか大きく、一般的に達成確率50%を切るところまでは、期待値を上げれば上げるほどモチベーションは高まっていくという傾向があります。

成果をあげることに関してだけでなく、上司と部下の人間関係の成立は、社員の定着にも効果を発揮します。辞めたくなった時に、目を掛けてくれている上司を裏切りたくないという思いが湧いてくるのです。

こうした望ましい関係性の構築は、必ずしも上司の高い能力によるものではありません。基本、人間対人間できちんと向き合い、何らかの信頼関係が構築されているかどうかなのです。