「経営人事改革の視点」 2016年1月号 あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

全体最適(大正義)と部分最適(小正義)

さて、アベノミクス以降、日本経済は株価を含めてそれ以前と見違えるように元気になりましたが、実質2%の成長にはまだ手が届きません。一定以上の成長がないと、経済全体が整合的に前に進んでいかないのが資本主義社会の宿命なので、政府には規制緩和や社会保障改革等の施策を力強く進めていただきたいと思います。

そして、施策を考えるにあたって重要なことは、全体最適(大正義)を部分最適(小正義)に優先させることだと思います。

例えば、生活保護の問題を考えてみたいと思います。

憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」を受けて、生活保護において、健康で文化的な最低限度の生活水準を確保するための金額が支給されるわけです。昨年、ある雑誌に掲載された試算では、東京都三鷹市の4人家族モデル(配偶者と高校生の子供2人がいる50歳代の生活保護者)に対する生活保護の給付額は年間340万円程度でした。そしてこの金額は、税金、年金その他の免除額を考慮した可処分所得水準でみると、同等の家族構成で年収400万円の勤労世帯を上まわるとの結果が出ていました。

もちろん、340万円の給付があったとしても、東京都で一家四人が暮らしていくのは大変だと思います。困っている人を助けるのは絶対に必要です。しかし、少なくとも汗水たらして働いている平均年収の人や、国民年金保険料を40年間払い続けた人の方が、生活保護で暮らす人よりも実質収入において勝っていることが大正義であり、部分最適により憲法条文を満額実現しようとするのは、むしろ小正義なのではと思います。

無い袖は振れない

大正義、小正義以前の問題もあります。それは、「無い袖は振れない」という原則です。

生活保護者に対する医療扶助に関しては、千億円単位で費用削減につながるジェネリック医薬品を原則とすべしという考え方があり根強くありますが、それに対しては強固な反対論があります。しかし、ジェネリック以前に支払う金そのものがなくなれば、ジェネリックすらままならなくなるわけです。日本の財政状況は今やその域に達しているはずです。あるいは医療費に対して、30%負担でなく5%負担であっても過剰診療の抑止力にはなるはずです。これに対しても、必要な医療を受けなくなる恐れがあるという部分最適の発想が出てきます。

「沈みゆくタイタニック号の上で、デッキチェアを並べ替える」という状態に近いと思われます。

無限の可能性のある経済活動

政策を決定する政治の世界では、民意=選挙という制約があるため、なかなか理屈どおりにいかないわけですが、企業経営においては、株主・経営者がリスクを取って大胆に意思決定し、行動を起こすことができます。そこで全力投球を行うことこそが、この自由主義社会に生まれ、自分の意志で働くことができる経営者や社員の尊い権利ではないでしょうか。

世界は豊かで、われわれが認識している富は全体のごく一部に過ぎません。

株式の時価評価総額で世界の上位3社は、アップル、グーグル、マイクロソフトです。それぞれ創業年は、1976年、1996年、1975年です。最近注目を集めているウーバーは、JR東日本やJR東海の時価評価総額を既に凌駕していますが、2009年創業に過ぎません。

経済活動により、新しい富を発掘できる可能性は無尽蔵に近いと考えます。弊社としては、少しでもそのお役に立てるよう企業サポートを行ってまいりたいと存じます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

以上